「この動画、来月から広告に回したいんですけど」ーー公開から2週間ほど経った頃に、この連絡が来ることがあります。数字が良かった回ほど来ます。そして多くの場合、答えは「そのままでは回せません」になる。出演者との取り決めがSNSアカウントへの掲載だけで終わっていて、広告配信が範囲に入っていないからです。ショートドラマを発注するときの権利処理は、突き詰めると「誰が出るか」「どこで使うか」「何が鳴っているか」「どこで撮るか」の4つを、文字で決めておく作業です。
この記事は、見積書を受け取ってから公開するまでの間、つまり「契約の段階」で何を決めておくべきかだけを扱います。費用の相場はショートドラマの制作費用はいくら?相場と内訳、依頼先の選び方はショートドラマ制作会社の選び方と発注前チェックにまとめてあるので、そちらを先に読んでいただいた前提で書きます。契約の一つ手前、社内で予算を承認させる段階でつまずいている場合は動画制作の稟議を通す方法|ショートドラマの予算根拠と決裁資料が対応します。読んでほしいのは、事業会社でマーケティング・広報・採用を担当していて、これから制作会社に発注する方です。
契約の段階で決めるのは、突き詰めると4つだけ
権利処理と聞くと弁護士の領域に思えますが、発注側が最初に決めるべきことは多くありません。4つです。
・誰が出るか:出演者の実演家としての権利と肖像の扱い ・どこで使うか:媒体・期間・地域・目的の範囲 ・何が鳴っているか:楽曲とプラットフォームの規約 ・どこで撮るか:ロケ地の許諾と映り込み
この4つの答えを、発注書か契約書のどこかに文字で書いてある状態にする。それだけで、公開後に起きる揉め事のほとんどは起きません。逆に言えば、揉めた案件はたいてい「そこは口頭でした」という一点に集約されます。
制作会社が用意する契約書の雛形は、当然ながら制作会社にとって都合よくできています。悪意があるという話ではなく、自社の実務に合わせて作ってあるだけです。発注側がその範囲でいいのかを確認しないまま押印すると、後から動かせなくなります。
出演者の権利は「著作権」ではなく実演家の権利と肖像権で考える
発注側が最初につまずくのがここです。「著作権はうちに譲渡してもらいます」と契約書に書いてあるから全部使える、と読んでしまう。でも出演者に関わる権利は著作権とは別の系統にあります。
俳優が演じた行為は「実演」と呼ばれ、実演した人には著作隣接権が発生します。加えて、その人の顔や姿には肖像権があり、知名度のある人であれば「パブリシティ権」も関わってきます。パブリシティ権について最高裁が初めて正面から判断したのが、いわゆるピンク・レディー事件の判決です。氏名や肖像が「個人の人格の象徴」であることを根拠に保護されるとしたうえで、侵害にあたるのは「専ら肖像等の有する顧客吸引力の利用を目的とする」場合だという基準を示しました(骨董通り法律事務所の解説)。
実務上の意味はシンプルです。制作物の著作権を制作会社から譲り受けても、そこに映っている人の権利まで自動的についてくるわけではない。 出演者との間で、どこまでの利用に同意してもらっているかを別に押さえる必要があります。
文化庁が令和6年度の芸術家等実務研修会で公開した俳優のためのガイドブックは、俳優側に向けて書かれた資料ですが、発注側が読むと自分たちの契約書に何が書かれていないかがよく分かります。相手側の教科書を読むと、自分の穴が見えます。
事務所所属か、フリーランスか
出演者が事務所に所属している場合、交渉相手は事務所です。利用範囲の条件も事務所の基準に沿って決まるので、範囲を広げたければ追加の使用料という形で話がまとまることが多い。逆に、条件が明快なぶん後から動かしにくい面もあります。
フリーランスの俳優に直接お願いする場合は、条件を一から決められる自由度がある反面、決め漏らしがそのまま曖昧さとして残ります。しかもこの場合、発注側には法律上の義務が発生します(後述)。
利用範囲は「媒体・期間・地域・目的」の4点セットで書く
「SNSで使います」だけでは範囲を決めたことになりません。実務で使える粒度は、次の4つを組み合わせた形です。
| 項目 | 曖昧な書き方 | 実務で通る書き方 |
|---|---|---|
| 媒体 | SNS | 自社TikTok・Instagram・YouTubeの各公式アカウント |
| 期間 | 当面 | 公開日から2年間(以降は協議のうえ延長可) |
| 地域 | 特になし | 日本国内(海外配信は別途協議) |
| 目的 | プロモーション | オーガニック投稿および同一媒体内の広告配信 |
| 二次的な使い方 | 記載なし | 展示会上映・営業資料・採用サイトへの転載を含む |
詳しい条件・補足を読む
利用範囲の4点セット
この4つが揃って初めて「範囲を決めた」ことになる
媒体
どのアカウントかを名指しで書く。「SNS」では決めたことにならない
期間
開始日・終了日・延長するときの扱い
地域
国内限定か、海外配信を含むか
目的
オーガニック投稿と広告配信は別物として書く
事故がいちばん多いのは4つ目。数字が良かった動画を広告に回す段階で、範囲外だと発覚する
出演者契約に書く利用範囲。4つのうち1つでも空欄だと、使いたい場面で許諾を取り直すことになる。
このうち発注側が過小に見積もりがちなのが「目的」と「期間」です。オーガニック投稿だけのつもりで契約したのに、数字が良かったから広告に回したくなる。2年で切ったのに、3年目もサイトに置いたままになっている。どちらも、範囲を狭く書いたことが原因というより、将来やりたくなることを想像せずに書いたことが原因です。
期間については、短く切って延長する形と、最初から長めに取る形の両方があります。制作現場の感覚では、SNS運用のように継続的に投稿していく前提なら、最初から長めに取っておくほうが結果的に安く済みます。1本ずつ延長交渉をすると、そのたびに事務手続きが発生し、担当者の時間が溶けるからです。
「買い切り」という言葉を信用しない
見積書に「二次利用込み」「買い切り」と書いてあっても、それが何を指しているかは会社ごとに違います。制作会社側では「同一SNSアカウント内での再投稿」を指しているのに、発注側は「どこでも使える」と読んでいる。この行き違いは実際によく起きます。
確認の仕方は簡単です。「テレビCMで流したいと言ったら、追加費用は発生しますか」と聞く。答えが具体的に返ってくれば、その会社は範囲を管理できています。
いちばん多い事故は「後から広告に転用したくなる」
冒頭の話に戻ります。SNS運用として作ったショートドラマが伸びると、次に来る発想は「これを広告予算で回そう」です。マーケティングの判断としては正しい。すでに数字で検証された素材を配信するので、新しくクリエイティブを作るより効率がいい。
問題は、オーガニック投稿と広告配信は、権利の世界では別の使い方として扱われることです。出演者側から見ると、自分の出た動画が「あなたのアカウントのコンテンツ」として流れるのと、「広告」として面識のない人のタイムラインに配信されるのとでは、意味が違います。だから範囲を分けて合意する慣行になっています。
弊社では、この転用の可能性を撮影前に必ず確認するようにしています。制作の相談を受けた時点で「広告に回す可能性はありますか」と聞き、少しでも可能性があるなら最初から広告配信を範囲に含めて出演者と合意しておく。後から追加するより、最初から入れておくほうが総額は安く収まります。出演者にとっても、後出しで打診されるより気持ちがいい。
うまくいかなかった例も書いておきます。以前、範囲を「自社アカウントでの投稿」とだけ決めて進めた案件で、公開後に営業資料へ転載したいという相談が出たことがありました。営業資料は広告でもSNSでもないので、契約書のどの条項にも当たらない。結局、出演者に個別に許諾を取り直すことになり、資料の完成が2週間遅れました。範囲の書き漏らしは、費用よりも先に時間を奪います。
楽曲はプラットフォームの規約が契約より先に効く
音楽は、出演者とはまったく別の系統の落とし穴です。しかもここは、当事者間の契約より先にプラットフォームの規約が効きます。
TikTokの場合、企業のビジネスアカウントが使えるのは「Commercial Music Library(商用楽曲ライブラリ)」の楽曲に限られます。TikTok for Businessの公式ブログでは、このライブラリについて「60万曲以上が、ブランドコンテンツと広告でロイヤリティフリーに使えるよう事前クリアされている」と説明されています。あわせて、一般の楽曲ライブラリの曲は商用コンテンツ向けに事前クリアされていないため、個人アカウントであってもビジネス目的の投稿に使えば著作権侵害のリスクがあると明記されています(TikTok for Business公式ブログ)。
ここで効いてくるのが、使える「配置(placement)」がガイドラインで定められているという点です。実務上は、TikTok内で使うことを前提に事前クリアされたものと考えるのが安全です。同じ動画をInstagramやYouTubeへ横展開したり、展示会で流したり、テレビCMに転用したりする場合は、楽曲の権利処理をやり直す前提で組んでおく。
弊社が横展開を前提とした案件で取っている手は3つです。
- 最初からロイヤリティフリーの音源を買う:媒体をまたいでも1つの音源で通せる。1本あたりの音源費は乗りますが、権利確認の手間が消える
- オリジナルで作る:シリーズ化する企画なら、テーマ曲を1曲作って使い回すほうが総額で安くなる場合がある
- 音楽に頼らない構成にする:環境音とセリフだけで成立する脚本にする。ショートドラマは会話が主役なので、これで壊れる企画は意外と少ない
3つ目は消極的な策に見えますが、実際にやってみると、音楽で感情を持ち上げていた部分が脚本の弱さだったと分かることがあります。
ロケ地と映り込みは「許諾の相手」を間違えない
撮影場所の権利は、著作権でも肖像権でもなく「施設管理権」の話です。建物や敷地の管理者が、その場所での撮影と、撮った映像の公開を認めるかどうか。カフェや商業施設、駅、公園はそれぞれ管理者が違い、申請の窓口も条件も違います。
発注側が気にしておくべきなのは、まず商用利用の可否です。撮影そのものは許可が下りても、広告に使うのは認めないという施設があります。次に、施設名や他社ブランドのロゴ・看板が映り込む場合、後から差し替えを求められることがある。そして通行人が特定できる形で映っているカットは、公開前に処理が要ります。
現場では、通行人が映るカットは撮影段階でアングルを調整するか、編集でぼかします。編集で処理する前提にすると、いいカットほど使えなくなるので、撮る時点で避けるほうが早い。この判断は撮影当日のスケジュールに直結するので、制作の納期・スケジュールの設計とセットで考えることになります。
発注側に法律上の義務がある(フリーランス法)
2024年11月1日に「特定受託事業者に係る取引の適正化等に関する法律」、いわゆるフリーランス・事業者間取引適正化等法が施行されました。従業員を使わない個人や法人へ業務委託する場合、発注側には取引条件を書面または電磁的方法で明示する義務があります。
明示すべき事項として、発注事業者と受託者の名称、業務委託をした日、給付の内容、納期、納品場所、検査完了期日、報酬の額と支払期日などが定められています。公正取引委員会などが報告徴収や立入検査を行い、違反があれば指導・勧告・命令・公表の対象になります。命令違反や検査拒否には50万円以下の罰金が科されます(公正取引委員会のパンフレット)。
ショートドラマの制作は、俳優・カメラマン・脚本家・編集者と、個人事業主が関わる比率が非常に高い仕事です。制作会社を経由する場合は制作会社が発注側になりますが、キャストだけ直接契約するといった座組では、事業会社自身がこの義務を負います。 「制作会社に任せてあるから」で済まない構造になっていることは、把握しておいたほうがいい。
あわせて、公正取引委員会は芸能分野に特化した指針も出しています。実演家等と芸能事務所・放送事業者・レコード会社との取引に関する指針で、二次利用によって発生する二次使用料についても実演への報酬と同じ分配比率で支払うべきこと、二次利用の取扱いを含む報酬をできるだけ明確にすることが望ましいことが示されています(公正取引委員会の指針)。
「二次利用の条件をあらかじめ明確にしておく」というのは、発注側の親切ではなく、行政が望ましいとしている取引のかたちです。
制作物そのものの著作権(納品データの帰属・改変・二次利用)の条項は動画制作の業務委託契約書|著作権ほか発注前に見る7条項で扱っています。この記事は出演者の権利に絞ります。
契約前チェックリスト
発注書や契約書を受け取ったら、次の項目が文字で書いてあるかを確認します。書いていなければ、追記を依頼するか、別紙で合意します。
| 確認項目 | 見るポイント |
|---|---|
| 利用媒体 | アカウント名レベルまで特定されているか |
| 利用期間 | 開始日と終了日、延長時の扱いが書いてあるか |
| 利用地域 | 国内限定か、海外配信を含むか |
| 広告配信 | オーガニック投稿と別に明記されているか |
| 二次的利用 | 営業資料・採用サイト・展示会上映が含まれるか |
| 編集・改変 | 尺の再編集、字幕追加、サムネイル切り出しの可否 |
| 楽曲 | 音源の出所と、媒体をまたいだ時の扱い |
| ロケ | 施設の商用利用許諾と、公開後の削除要請への対応 |
| 素材の帰属 | 撮影データ(未使用カット含む)を受け取れるか |
| 契約終了後 | 公開済みコンテンツを削除するのか、残せるのか |
最後の2つは見落とされがちですが、あとで効いてきます。未使用カットを受け取れるかどうかは、シリーズを続けるときの制作コストに直接響きます。契約終了後の扱いを決めていないと、運用代行を切り替えたときに過去投稿を全部消すのかどうかで揉めます。
小規模に試すところから始める場合も、この確認は同じです。まず数本だけのお試し発注であっても、範囲の書き方が甘ければ同じ事故が起きます。むしろ試作のほうが「うまくいったら広げる」前提なので、転用の可能性は高い。
よくある質問
Q. 制作会社の契約書をそのまま使って問題ありませんか 多くの場合は問題ありません。ただし利用範囲の4項目(媒体・期間・地域・目的)が具体的に書かれているかだけは、自社で読んでください。ここが空欄や「別途協議」になっている契約書は、実質的に何も決めていない状態です。
Q. 出演者は社員でもいいですか 可能です。むしろ採用系のコンテンツでは社員出演が効きます。ただし退職後の扱いを決めておく必要があります。退職した社員から掲載停止を求められたときにどうするかを、出演前に書面で合意しておくと安全です。
Q. AIで生成した人物なら権利処理は不要ですか 生成物であっても、実在の人物に似ている場合は肖像やパブリシティの問題が生じ得ます。また学習データや生成サービスの利用規約によって商用利用の条件が変わります。生成AIを使う場合の判断材料はAI動画広告の信頼性とブランド毀損の境界線で扱っています。
Q. 撮影済みの動画を後から広告に回したい場合、どうするのが早いですか 出演者(または事務所)に、追加の利用範囲と期間を提示して許諾を取り直します。制作会社が窓口になっているなら、まず制作会社に相談してください。発注側が直接連絡すると、事務所との既存の取り決めと食い違うことがあります。
Q. 楽曲を差し替えれば他媒体で使えますか 音楽以外の権利が範囲内であれば、差し替えは有効な手です。ただし音を替えると尺やカット割りの印象が変わるので、再編集が必要になる場合があります。最初から横展開する前提なら、権利がクリアな音源で作っておくほうが早い。
Q. 契約書を作る費用はどのくらい見ておけばいいですか 案件の規模と、自社に法務機能があるかで変わります。継続的に発注するなら、最初の1案件で雛形を整えておくと以降が楽になります。費用の全体像は制作費用の完全ガイドを参照してください。
まとめ
権利処理は、公開後に効いてくる作業です。撮影中は誰も困らないし、公開直後も困らない。困るのは、その動画がうまくいって、次の使い道が生まれたときです。成功したときにだけ発生する問題なので、事前に手を打つ動機が働きにくい。
だからこそ、決め方を型にしておくのが早い。媒体・期間・地域・目的の4項目を書く。広告転用の可能性を最初に聞く。楽曲は横展開を前提に選ぶ。ロケは商用利用の可否まで確認する。この4つを発注のたびに繰り返すだけで、事故の大半は起きなくなります。
ナイトてんしょんは、TikTokショートドラマの企画・制作・SNS運用代行を一気通貫で提供しています。年間再生回数1億5,000万回越えの制作実績をベースに、出演者の座組や利用範囲の設計も含めてご相談を受けています。「広告にも回したい」「シリーズ化したい」といった前提がある場合は、企画の段階からお伝えください。範囲の設計が変わります。
ご相談はショートドラマ制作サービスのページ、またはお問い合わせフォームからどうぞ。
参考リンク
・俳優のためのガイドブック(文化庁 令和6年度 芸術家等実務研修会) ・フリーランス・事業者間取引適正化等法 パンフレット(公正取引委員会) ・実演家等と芸能事務所、放送事業者等及びレコード会社との取引の適正化に関する指針(公正取引委員会) ・ピンク・レディー事件最高裁判決の解説(骨董通り法律事務所) ・Commercial Music Library の解説(TikTok for Business 公式ブログ)
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