見積書は届いた。制作会社も決めた。それなのに、そこから3か月動かない案件があります。理由はほぼ一つで、社内の稟議が通っていないからです。担当者の方から相談を受けるとき、いちばん多い言葉が「上司には話したんですけど、もう少し材料が要ると言われてしまって」です。この記事は、その「材料」を具体的に何で埋めるかだけを書きます。結論から言うと、稟議で落ちる原因は金額の高さではなく、決裁者がその金額を何と比べればいいのか分からないことにあります。だから相場表を添えても通りません。通るのは、同じ予算で他に何ができるかを並べ、なぜそれを選ばなかったのかを書いた資料です。
読んでほしいのは、事業会社でマーケティング・広報・採用を担当していて、これから動画やショートドラマの予算を社内に上げる方です。費用の相場そのものはショートドラマの制作費用はいくら?相場と内訳に、依頼先の選び方はショートドラマ制作会社の選び方|5タイプ比較と発注前チェックにまとめてあります。この記事はその次、見積を受け取ってから発注書を出すまでの間を扱います。
稟議で落ちるのは金額ではなく「比べる相手がいない」から
決裁の場に出てくる質問は、だいたい次の3つに集約されます。「これ、高くないの?」「効果はどう測るの?」「他社もやってるの?」。このうち1つ目が最初に来るのは、金額が高いからではありません。比較対象が資料の中に一つも書かれていないからです。
決裁者は動画の相場を知りません。知らない金額を判断するとき、人は必ず何かと比べます。比較対象を資料が提供しないと、決裁者は自分の中にある一番身近な数字と比べます。多くの場合それは「自分の部署の年間の交通費」や「先月の展示会の出展料」で、動画制作とは無関係な物差しです。無関係な物差しで測られた瞬間、その稟議は「なんとなく高い」で止まります。
だから稟議書の一枚目にまず置くのは、金額ではなく比較の枠です。私たちが提案書を作るときも、価格表より先に「この予算を他に使うとしたら何ができるか」の一覧を入れます。順番を逆にすると、同じ金額でも通り方が変わります。
決裁者が実際に見ている3点
役職が上がるほど、見ている項目は減ります。実務担当が気にする表現やキャスティングの話は、決裁の場ではほとんど議題になりません。代わりに見られているのは次の3点です。
① このコストは何を置き換えるのか。 純粋な増額なのか、既存の予算の付け替えなのかで、審議の重さが変わります。付け替えなら「今年の展示会1回分を動画に回す」と書けば、増額の説明が不要になります。
② いつ、何を見て続行か中止かを決めるのか。 決裁者が怖いのは失敗そのものではなく、失敗したまま止まらないことです。「3か月後に◯◯を見て判断する」と書いてある稟議は、書いていない稟議より圧倒的に通ります。
③ 外したときにどう畳むのか。 撤退条件が書いてあると、決裁のリスクが下がります。ショートドラマは1本ずつ発注できるので、ここは書きやすい項目です。詳しくは「まず数本だけ」お試し発注ガイドにまとめました。
逆に言えば、この3点が書いてある資料なら、多少荒くても稟議は前に進みます。私たちが見てきた範囲では、差し戻しの理由の大半は「効果が読めない」ではなく「止め方が書いていない」でした。
予算根拠は「相場」ではなく「置き換え」で作る
相見積もりを3社取って一番安い会社を選んだ、という説明は、意外なほど効きません。決裁者から見ると「安い順に選んだ」は根拠ではなく手続きだからです。効くのは、同じ金額で選べた別の選択肢を並べ、なぜそれを選ばなかったかを一行ずつ書いた表です。
| 同じ予算でできること | 残るもの | 選ばなかった理由の書き方 |
|---|---|---|
| 広告出稿に全額投下 | 配信が止まると何も残らない | 今期は資産として残る形を優先 |
| 展示会への出展 | 名刺と当日の商談 | 接触できる母数が会場規模で上限 |
| 会社紹介動画を1本 | 長く使える1本 | 再生が伸びる設計ではない |
| ショートドラマを複数本 | 検証できる本数と素材 | ——(これを選ぶ) |
この表の効き目は、金額の妥当性を説明していない点にあります。説明しているのは選択の理由です。決裁者が判断できるのは金額の妥当性ではなく選択の理由の方なので、こちらを差し出した方が話が早い。
外部の数字を1つか2つ添えるなら、市場全体の動きが使いやすいところです。電通の推定では2025年の総広告費は8兆623億円、そのうちインターネット広告費が4兆459億円で、構成比が初めて過半数の50.2%に達しました(電通「2025年 日本の広告費」・2026年3月5日発表)。さらに媒体費の内訳では、ビデオ(動画)広告が推定開始以来はじめて1兆円を超えて1兆275億円になっています(電通「2025年 日本の広告費 インターネット広告媒体費 詳細分析」)。
縦型に絞るとさらに動きが速く、サイバーエージェントの調査では2025年の縦型動画広告は2,049億円で前年比155.9%、スマートフォン向け動画広告の29.1%を占めています(サイバーエージェント 2025年国内動画広告市場調査・2026年3月9日発表)。この2つを並べると「動画に配分を移す会社が増えている」ことが一行で言えます。市場の全体像はショートドラマ市場規模2026|日本1,530億円の現在地、予算配分の考え方は動画広告トレンド2026|縦型155.9%成長と予算の置き所を参照してください。
ただし外部データは添え物です。稟議書の主役はあくまで自社の置き換え表で、市場データはその判断が時流から外れていないことの裏づけに使います。順番を逆にして市場データから始めると、「よそがやっているから」の資料になり、決裁者はそこを突きます。
稟議書に書くKPIは再生数にしない
再生数を目標に書いた稟議は、通った後で苦しみます。再生数は担当者がコントロールできない変数を多く含むうえ、達成しても「で、売上は?」と必ず聞かれるからです。稟議の段階で置くべき指標は、次の3層に分けて考えると崩れません。
- 一次指標(自分で動かせる): 公開本数、公開間隔、1本あたりの完視聴率
- 二次指標(作用の確認): プロフィール遷移数、保存数、指名検索の増加
- 最終指標(事業への接続): 問い合わせ数、応募数、指名での商談化数
稟議に書くのは一次と二次で、最終指標は「◯か月後に見る」と時点だけ約束します。最初から最終指標の数値を約束すると、初期の変動で自分の首が締まります。実際に運用してみると、二次指標は1か月ほどで動き始めるのに、最終指標は3か月目以降にまとめて動くことが多い。この時間差を知らずに1か月目の会議に呼ばれると、説明が苦しくなります。
指標の設計そのものは【2026年版】ショートドラマPR/広告のROI・KPI完全ガイド|効果測定から予算最適化までに詳しく書いていますが、稟議の段階では細かい設計より「いつ何を見るか」を1行で決めておく方が効きます。
なお「なぜ今、縦型の動画なのか」を一行で補強するなら、総務省の調査が使いやすいところです。令和7年度の調査では動画共有系の利用率はYouTubeが81.5%、TikTokが36.7%と報告されています(総務省「令和7年度情報通信メディアの利用時間と情報行動に関する調査報告書」・令和8年6月26日公表)。到達手段としての前提が変わっている、という位置づけで置くと収まりがいい。
そのまま使える稟議書の骨子
社内フォーマットに合わせて言い換えは必要ですが、埋める中身は次の8項目で足ります。逆に、この8つ以外を厚くしても通過率は上がりません。
- 目的(何のコストを置き換えるのか。増額なのか付け替えなのか)
- 背景(市場側の変化を2行。出典URLつき)
- 施策の中身(本数・期間・掲載先。表現の話は書かない)
- 金額と内訳(企画・撮影・編集・出演・音源の5区分まで割る)
- 見る指標と時点(一次・二次指標と、最終指標をいつ見るか)
- 撤退条件(何を見て止めるか。1行でよい)
- 想定リスクと対応(権利処理・炎上・出演者の離脱)
- 依頼先と選定理由(相見積もりの結果ではなく、選択の理由)
4の内訳は、制作会社に「この5区分で出してください」と頼めば出してきます。一式いくらの見積だけだと、決裁者から「この中の何を削れるのか」と聞かれたときに答えられません。私たちも提案時は最初からこの粒度で出しています。削る相談ができる見積かどうかは、稟議の通りやすさに直結します。
7のリスクは、書かないと後で刺さる項目です。実際、企画も金額も承認されたあとに、出演者の利用範囲が広告配信をカバーしておらず、公開後に広告転用できないと分かって止まった案件があります。稟議の時点で「利用範囲は広告配信まで含めて取得する」と一行入れておけば防げました。権利まわりの詰め方はショートドラマの出演者契約と二次利用|発注側の権利処理に整理しています。
金額の刻み方:最初の稟議は小さく通す
一度に大きな金額を上げると、審議の階層が上がって時間がかかります。多くの会社に金額のしきい値があり、そこを1円でも超えると決裁者が変わる。担当者が交渉していた相手と、最終的に判を押す人が別人になる瞬間です。
したがって初回は、しきい値の下に収まる本数で組むのが現実的です。ショートドラマは1本単位で発注できるので、この刻み方と相性がいい。初回で得たいのは成果そのものではなく、次の稟議に使える自社の数字です。他社事例をいくら並べても「うちは違う」で終わりますが、自社アカウントで出た数字は誰も反論できません。
私たちが初回の設計を相談されたときに勧めるのは、単発1本ではなく複数本です。1本だけだと、数字が良くても悪くても原因が分からず、次の稟議の材料になりません。同じ設計で複数本出して初めて、当たった要因を切り分けられます。この考え方は「まず数本だけ」お試し発注ガイドに具体的な本数の目安まで書きました。
差し戻しの定番4パターンと切り返し
差し戻しの文言はほぼ4種類です。いずれも稟議書の穴を指しているので、感情的な反論ではなく、抜けている項目を足して出し直すのが最短です。
「効果が読めない」 → 読めないのは事実なので、読めるふりをしない。代わりに「◯か月後に◯◯を見て継続を判断する」を足す。判断の時点を約束すれば、効果の約束は不要になります。
「他にもっと安い方法があるのでは」 → 置き換え表を出す。安い順ではなく、同じ予算で選べた選択肢と、選ばなかった理由を並べる。
「実績のある会社なのか」 → 会社の規模ではなく、同じ業種・同じ目的での制作経験があるかで書く。決裁者が知りたいのは有名かどうかではなく、自社の文脈を理解しているかです。業種での選び方はショートドラマ制作会社は業種で選ぶ|契約後のトラブル回避までにまとめています。
「炎上したらどうする」 → 公開前の確認フローを1行で書く。誰が何を見て公開の可否を決めるのか、社内の承認者は誰か。この一行があるだけで、リスク項目の議論は終わります。
起票のタイミングは撮影日から逆算する
稟議が通ってから撮影までの日数を短く見積もると、キャスティングかロケ地のどちらかで無理が出ます。実務的には、稟議が下りてから撮影当日までに次の工程が挟まります。
詳しい条件・補足を読む
稟議承認から撮影当日まで
承認が下りてから撮影当日までに、さらに5〜7週かかる
承認の直後
契約・権利の手当て
約1〜2週。出演者契約と利用範囲を固める
+1〜2週
企画・脚本
約2週。改稿の回数で前後する
+3〜4週
キャスト・ロケの確保
約1〜2週。相手の空きに合わせるので短縮できない
+5〜6週
撮影当日
約1週前に香盤と支給物を確定する
逆算せずに起票すると、承認は取れているのに公開したい月に間に合わない
稟議が下りた日を起点にした標準的な工程。公開日から逆算して、起票日を先に決める。
合計すると、承認から撮影までおよそ5〜7週です。ここに公開までの編集期間が加わります。つまり「来期の頭から公開したい」なら、その2か月半ほど前には稟議を起票していないと間に合いません。担当者の方が見落としがちなのは、契約と権利処理の期間です。出演者の利用範囲を後から広げるには再交渉が要るので、ここを詰めずに撮影日を先に決めると、あとで全部が押します。
繁忙期はさらに読みが必要です。年度末と年末は撮影スタッフとスタジオの空きが同時に減るので、同じ本数でも前倒しで動かないと日程が取れません。逆に言えば、閑散期に寄せると同じ予算でも選べる条件が広がります。
よくある質問
Q. 稟議書は何枚が適切ですか。 A. 本文1枚+見積の内訳1枚が基本です。決裁者は全部を読みません。1枚目に目的・金額・止め方の3つが入っていれば足ります。補足資料は添付にして、本文を薄く保つ方が通ります。
Q. 制作会社に稟議用の資料を作ってもらえますか。 A. 依頼して構いません。私たちも、社内提出用に内訳を割った資料や、置き換えの比較表をご用意することがあります。決裁の場で聞かれそうな質問を事前に共有いただけると、そこに答える形で作れます。
Q. 一度落ちた稟議は、次にいつ出し直せますか。 A. 落ちた理由が「材料不足」なら、材料を足して同じ期に出し直せることがほとんどです。逆に「今期は動画に配分しない」という方針判断で落ちた場合は、期をまたぐ必要があります。差し戻しの言葉がどちらだったのかを、その場で確認しておくと無駄がありません。
Q. 少額なら稟議を通さずに始められますか。 A. しきい値の下に収まる金額なら、部署決裁で始められる会社が多いです。ただし公開する以上は広報・法務の確認が要るので、金額の決裁とは別に、公開前の確認フローだけは先に社内で握っておいてください。
まとめ
稟議で必要なのは、金額の正当化ではなく判断材料です。整理すると次の4つに尽きます。
- 金額は置き換えで説明する(同じ予算で選べた選択肢と、選ばなかった理由)
- 指標は一次・二次を約束し、最終指標は見る時点だけ約束する
- 撤退条件を1行書く。止め方があるだけで決裁のリスクが下がる
- 撮影日から逆算し、承認から撮影まで5〜7週を見込んで起票する
ここまで揃えば、あとは制作会社側が内訳を出せるかどうかの問題になります。社内提出用の資料づくりからご相談いただくことも多いので、見積の粒度や比較表の作り方で詰まったらお問い合わせからお気軽にどうぞ。サービスの詳細はショートドラマ制作にまとめています。私たちは自社アカウントで年間再生回数1億5,000万回を超える運用をしながら、企業様の縦型ドラマを企画から制作まで担っています。
参考にした資料
- 電通「2025年 日本の広告費」(2026年3月5日発表・2026年8月30日参照)
- 電通「2025年 日本の広告費 インターネット広告媒体費 詳細分析」(2026年3月5日発表・2026年8月30日参照)
- サイバーエージェント「2025年国内動画広告の市場調査」(2026年3月9日発表・2026年8月30日参照)
- 総務省「令和7年度情報通信メディアの利用時間と情報行動に関する調査報告書」(令和8年6月26日公表・2026年8月30日参照)