制作会社を変えたいという相談は、たいてい解約の直前に来ます。次の会社が決まり、現行の契約もあと1ヶ月、という段階です。この順番だと、取り返しがつかないものが1つだけ出てきます。前の会社の手元に残った素材です。
完パケの動画ファイルは納品されているのに、撮影素材とプロジェクトファイルが手元にない。この状態で新しい制作会社に「前と同じトーンで続きを作ってください」と頼むと、実際には作り直しになります。乗り換えのコストは新旧の見積差額ではなく、ここで決まります。
当社は引き継ぎを受ける側として、前任の制作物からシリーズを継続する案件を扱ってきました。この記事では、乗り換えを決める前に回収するもの、契約上どうしても引き継げないもの、そして伝える順番を、受け入れる側から書きます。発注先を初めて選ぶ段階の方は、ショートドラマ制作会社の選び方から読むほうが近道です。
この記事でわかること
- 制作会社を変える前に回収しておくべき4種類の資産
- 契約上、引き継げないものと引き継げない理由
- 解約を伝える時期と、フリーランスが相手の場合の法的な予告義務
- 変えずに直せるケースの見分け方

「変えたい」の中身を分解する
相談を受けたとき、最初に聞くのは不満の中身です。制作会社を変えて解決する問題と、変えても同じことが起きる問題が混ざっているためです。
変えると解決しやすいものは、出力の質そのものに関わる不満です。企画の引き出しが少ない、縦型の作り方に慣れていない、動画は綺麗だが最後まで見られない。これは担当者ではなく会社の得意分野の問題なので、別の会社に移すと変わります。
変えても同じことが起きるものは、発注側の工程に原因があるケースです。確認が返らないので撮影が押す、社内で決裁者が動画を初めて見るのが公開直前、途中で企画の前提が変わる。これは会社を変えると一時的に良くなったように見えますが、2本目、3本目で同じ場所が詰まります。工程の詰まりがどこにあるかは、動画制作の修正依頼の出し方で扱った確認フローに照らすと切り分けられます。
判断がつかないときは、乗り換えの前に一度公開後の振り返り会を開いてみるのが安全です。制作側の「なぜこの作りにしたか」を聞くと、方針の違いなのか、単に伝わっていなかっただけなのかが分かれます。伝わっていなかっただけなら、会社を変えるより体制を変えるほうが早く直ります。
乗り換え前に回収する4種類
回収は、解約を伝える前に終わらせます。伝えた後に依頼すると、相手の担当者が引き継ぎモードに入り、優先度が下がります。悪意の話ではなく、担当が別案件に移るだけで作業が止まるためです。
詳しい条件・補足を読む
乗り換え時に引き継げるもの/引き継げないもの
交渉で引き継げるのは物と権限。書面にない権利は引き継げない
交渉すれば引き継げる
撮影の元データ(カメラの生ファイル)
編集のプロジェクトファイル
出演者契約・ライセンス・使用許可の書面
SNSアカウントの管理者権限
企画の設計意図とボツ案
書面がなければ引き継げない
二次的著作物の創作・利用の権利(著作権法27条・28条/特掲が必要)
出演者契約の範囲外の媒体・期間での使用
楽曲・フォントの再ライセンス
同じ演者・スタッフの座組
左は解約を伝える前に依頼する。右は新規に取り直す前提で予算を組む
乗り換えの前に回収できるものと、できないもの。解約を伝えた後だと左側も交渉しにくくなる。
1. 撮影素材とプロジェクトファイル
完パケのmp4だけでは、続きは作れません。必要なのは撮影した元データ(カメラの生ファイル)と、編集ソフトのプロジェクトファイルです。プロジェクトファイルがあると、カット割り、テロップのフォントとサイズ、色の調整値がそのまま読めます。次の会社はここを見て、同じ見た目を再現します。
ただし、元データとプロジェクトファイルの引き渡しは標準の納品物ではありません。契約に書かれていなければ渡す義務がないのが実務の一般的な扱いです。何が納品物に含まれるかの整理は動画制作の納品データで受け取るものにまとめています。渡してもらえる場合も、ストレージの容量が大きいので受け取り先(クラウドか物理ドライブか)を先に決めておきます。
2. 権利まわりの書類
出演者との契約書、使用した楽曲やフォントのライセンス、撮影場所の使用許可。この4点は紙やPDFで手元に集めます。次の会社は、これがないと「この素材は広告に転用していいのか」を判断できません。判断できない素材は、安全側に倒して使わない選択になります。
3. アカウントの管理権限
SNSアカウントを制作会社側で作った場合、管理者権限が制作会社の担当者の個人アカウントに紐づいていることがあります。この状態で解約すると、投稿はできるのにインサイト(視聴維持や流入の内訳)が取れない、広告出稿ができない、といった穴が残ります。権限の移管は解約前に済ませ、自社の管理者が1人以上いる状態を作っておきます。誰が何を持つかの整理は動画の投稿は誰がやる?で扱っています。
4. 企画の設計意図
数字の記録(どの動画が伸びたか)は自社の管理画面から取れますが、「なぜその設定にしたか」は制作会社の頭の中にしかありません。主人公の年齢をなぜそこに置いたか、シリーズの何話目で何を明かす予定だったか、使わなかった企画案に何があったか。最後の打ち合わせで聞き出してテキストに残すと、次の会社の立ち上がりが数週間変わります。
契約上、引き継げないもの
素材が手元にあっても、使えるとは限りません。ここで止まる案件が実際にあります。
作り替える権利は自動では移らない
著作権を譲り受ける契約を結んでいても、動画を編集し直す、続編を作る、別の尺に組み替えるといった行為に関わる権利は別扱いです。著作権法61条2項は、譲渡契約で27条(二次的著作物を創作する権利)と28条(二次的著作物の利用に関する権利)が譲渡の目的として特掲されていない場合、これらの権利は譲渡した側に留保されたものと推定すると定めています。文化庁の契約マニュアルでも、完全に譲り受けるには「著作権法第27条及び第28条の権利を含む」と明示して契約する必要があると案内されています。
実務上の意味はこうです。前の会社と結んだ契約書に27条・28条の文言がないと、素材を受け取っていても、それを切り直して新しい動画にする行為の権利関係が曖昧なまま残ります。乗り換えの検討に入った時点で、契約書のこの一文を確認してください。無ければ、解約の話をする前に覚書で追加するのが一番安く済みます。
出演者の契約範囲は動画についてこない
出演者との契約は、多くの場合「この作品を、この媒体で、この期間」という限定で結ばれています。前のシリーズの素材を新しい制作会社が受け取っても、契約の範囲外の使い方はできません。広告に転用する、別プラットフォームに横展開する、期間が切れた後も出し続ける、といった使い方は改めて合意が必要です。この設計はショートドラマの出演者契約と二次利用で詳しく扱っています。手元の動画を別の用途へ回すときの確認手順は制作した動画の使い回し|広告・採用・営業へ転用する前の確認にまとめました。
シリーズものでよく起きるのは、続編に前作の出演者を出せないケースです。契約の問題だけでなく、キャスティングの窓口が前の制作会社だったために、連絡先が分からないという単純な理由もあります。出演者を続けたいなら、これも解約前に整理する項目です。
楽曲とフォントは再ライセンス
BGMや効果音、テロップのフォントは、制作会社がライセンスを持っています。会社が変われば、そのライセンスは付いてきません。同じ曲を使い続けたいなら新しい会社側で取り直すことになり、ライセンスの種類によっては取り直せない場合もあります。シリーズのテーマ曲を使っている場合は、ここが一番目立つ変化として視聴者に見えます。
伝える時期と、法律上の予告義務
回収の目処が立ってから、解約を伝えます。順番を守るだけで、揉める確率がかなり下がります。
契約書に解約の予告期間(1ヶ月前、2ヶ月前など)が書かれていれば、それが基準です。書かれていない場合でも、撮影が仕込みに入っている時期に切ると、押さえたスタジオやキャストのキャンセル料が発生します。撮影の予定がない期間に合わせるのが実務的です。
相手が個人事業主の場合は、法律上の義務があります。 2024年11月に施行されたフリーランス法(特定受託事業者に係る取引の適正化等に関する法律)は、6ヶ月以上の期間で行う業務委託について、契約を中途解除する場合と更新しない場合に、少なくとも30日前までに予告することを発注側の義務としています(法16条1項)。予告は書面や電子メールなど記録の残る方法で行い、フリーランス側から理由の開示を求められた場合は説明する義務もあります(法16条2項)。相手に責めに帰すべき事由がある場合など、例外もあります。
ここで注意したいのは、この義務を負うのが発注側だという点です。フリーランス法にいう「特定受託事業者」は、従業員を使用しない個人、または代表者以外に役員がなく従業員も使用しない法人を指します(法2条4項)。映像制作の現場では、法人格を持っていても実態は代表者ひとりという制作会社が珍しくありません。「会社と契約しているから関係ない」と判断せず、相手の体制を確認してください。
伝え方そのものは短くて構いません。次の会社が決まっていることを伝える必要もありません。契約の終了日、最終納品物、素材の引き渡し方法。この3点が決まっていれば、事務的に進みます。

新しい会社に渡すもの
引き継ぎを受ける側からすると、あると助かるものと、あっても使わないものがはっきり分かれます。
渡してほしいのは、公開済み動画の一覧と各動画の数字(再生・視聴維持・保存)、撮影素材とプロジェクトファイル、権利書類、そして前の会社から聞き出した設計意図です。数字は良かった動画だけでなく、伸びなかった動画のほうが情報量があります。何が効かなかったかが分かると、同じ失敗を繰り返さずに済みます。
渡さなくていいのは、前の会社への不満の詳細です。「対応が遅かった」「提案がなかった」といった評価は、新しい会社にとって次の設計の材料になりません。不満を材料に変えるなら、「こういう場面で判断が止まった」という事実の形にします。
初回のオリエンで何を渡すかは制作会社に渡すオリエンシートにまとめていますが、乗り換えの場合は1つだけ項目が増えます。「前のシリーズと同じ見た目を続けるのか、ここで変えるのか」です。続けるなら素材とプロジェクトファイルの精査から始まり、変えるならキャラクター設計からやり直します。工数も期間も変わるので、見積を取る前に決めておく項目です。
変えずに直せるケース
最後に、乗り換えないほうがいい場合を挙げておきます。当社に相談が来た案件でも、話を聞いた結果「今の会社と体制を変えるほうが早い」とお伝えすることがあります。
担当者との相性の問題なら、会社に担当変更を申し出るほうが早く直ります。制作会社側も、合わない担当を続けさせるメリットがありません。
発注の粒度が細かすぎる/粗すぎる場合も、会社を変えると同じ問題が再発します。毎回の指示が「いい感じに」だけだと誰が作っても外れますし、逆にカット割りまで指定されると制作側の引き出しが使えません。渡し方を変えるだけで出力が変わることがあります。
1本目の数字が伸びなかっただけの場合も、判断が早すぎます。縦型のシリーズは、アカウントの初期に視聴者層が定まるまで数字が安定しません。3本目までは変数を1つずつ変えながら見る、というのが現実的な進め方です。判断ラインの置き方は「まず数本だけ」お試し発注ガイドで扱っています。
よくある質問(FAQ)
Q. 撮影素材とプロジェクトファイルは、頼めばもらえますか? A. 契約に納品物として書かれていれば渡してもらえます。書かれていない場合は義務がないため、別途費用が発生することがあります。金額は会社によって幅があるので、乗り換えを検討し始めた時点で確認しておくと、予算の見通しが立ちます。
Q. 解約を伝えるのと素材を依頼するのは、どちらが先ですか? A. 素材の依頼が先です。解約後は担当者が別案件に移り、作業の優先度が下がります。「保管のために元データを預かりたい」という形で先に依頼しておくのが実務的です。
Q. 前の制作会社が作った動画を、新しい会社が編集し直せますか? A. 契約で著作権法27条・28条の権利まで譲り受けている場合は可能です。特掲されていない場合、これらの権利は制作会社側に留保されたものと推定されるため、編集し直す前に権利関係を確認してください。
Q. 制作会社を変えると、シリーズの見た目は変わりますか? A. プロジェクトファイルと設計意図が引き継げていれば、テロップや色調はかなり近づけられます。変わりやすいのは楽曲と、演者・スタッフの座組です。視聴者が最初に気づくのはこの2つなので、変えるタイミングをシリーズの区切りに合わせる方法もあります。
Q. フリーランスの映像作家に頼んでいます。30日前の予告は必ず必要ですか? A. 6ヶ月以上の期間で業務委託をしている場合、中途解除と不更新のいずれもフリーランス法16条1項の対象です。相手の責めに帰すべき事由がある場合など例外はありますが、原則として予告が必要だと考えて進めるほうが安全です。
まとめ
制作会社の乗り換えで失われるのは、見積の差額ではなく資産です。撮影素材とプロジェクトファイル、権利書類、アカウント権限、企画の設計意図。この4つを解約を伝える前に回収しておけば、次の会社は前のシリーズの続きから始められます。
そして、素材を持っていても使えないものがあります。作り替える権利(著作権法27条・28条)、出演者契約の範囲外の使用、楽曲とフォントのライセンス。ここは書面を確認しないと分からないので、乗り換えの検討に入った日に契約書を開くのが最初の一手です。相手が個人事業主なら、30日前の予告義務も併せて確認してください。
ナイトてんしょんは、他社が制作したシリーズの引き継ぎからのご相談も受けています。年間再生回数1億5,000万回を超える運用で蓄積した設計をベースに、手元にある素材で何ができて何が作り直しになるかを、見積の前に整理してお伝えします。
関連記事:ショートドラマ制作の外注・発注完全ガイド ・ショートドラマ制作会社の選び方 ・動画制作の納品データで受け取るもの
参考・出典一覧
- 公正取引委員会「フリーランス法特設サイト」(2026年9月4日参照)
- 公正取引委員会「フリーランス・事業者間取引適正化等法 Q&A」(中途解除の事前予告=法16条・2026年9月4日参照)
- 文化庁「誰でもできる著作権契約マニュアル」(著作権法27条・28条の特掲・2026年9月4日参照)
- 公正取引委員会「芸能分野における適正な取引に関する指針」(2026年9月4日参照)
回収の順番、引き継ぎで実際につまずく箇所、乗り換えずに直せるケースの見分け方は、ナイトてんしょんが引き継ぎを受けた縦型ショートドラマ案件の制作実務にもとづく内容です。