社員に出てもらったショートドラマが伸びて、シリーズになった半年後。その社員が退職します、と人事から連絡が来る。ここで初めて「あの動画、どうするんだろう」と気づく会社がとても多いです。
先に結論を書きます。退職したという事実だけで、公開中の動画を消す義務が自動的に発生するわけではありません。判断を分けるのは、撮影のときにどこまでの同意を取っていたかです。取り方が曖昧なまま公開している場合は、本人から申し出があった時点で会社側の選択肢がほとんど残りません。
社員に出てもらう形でSNS運用を始める前に段取りを固めておきたい場合は、お問い合わせください。誰に出てもらうかの選び方はショートドラマの出演者の選び方、契約と二次利用の条項はショートドラマの出演者契約と二次利用にまとめています。この記事は、その人がいなくなった後の話です。
退職で自動的に消えるわけではない。選ぶのは3つ
まず整理します。会社が社員を撮影して公開する行為は、本人の同意を根拠にしています。退職はその同意を自動的に取り消すものではないので、「辞めた=即削除」ではありません。一方で、同意の範囲を超えた使い方(撮影時の説明になかった広告への転用など)は、在職中であっても問題になります。つまり見るべきは在職か退職かではなく、同意の範囲の中に今の使い方が入っているかです。
そのうえで、実務上の選択肢は3つしかありません。
- 残す:同意の範囲内で、本人からの申し出もない。原則はここ
- 差し替える:本人が写るカットだけを撮り直す、または別カットに置き換えて再編集する
- 取り下げる:投稿を非公開または削除する
3つのうちどれを選ぶかは、感情ではなく順番で決められます。次の図の順で見ていくと、社内で意見が割れません。
詳しい条件・補足を読む
見るのは在職か退職かではなく、同意の範囲
1
同意の範囲を確認する
媒体・期間・退職後の扱いが書面にあるか
2
本人の申し出を確認する
取り下げの求めが来ているか
3
残す・差し替える・取り下げるを選ぶ
伸びている投稿ほど差し替えを先に
書面が無い案件は、この順番の1つ目でつまずく
退職の連絡が来たときに見る順番
判断の分かれ目は、撮影のときの同意の取り方にある
「口頭でOKをもらった」で撮った動画は、揉めたときに何も証明できません。会社側が「広告にも使うと言った」、本人が「SNSに載せるとしか聞いていない」と主張したとき、どちらが正しいかを決める材料がないからです。
撮影前に取る書面には、最低限この6つを入れてください。テンプレートを配るより、この6項目が埋まっているかで見たほうが早いです。
- 使う媒体:自社SNS、自社サイト、広告配信、営業資料、採用ページのうちどれか
- 使う期間:公開開始からいつまでか。「当社が必要と認める期間」は範囲が決まっていないので避ける
- 退職・異動した後の扱い:継続して公開するのか、申し出があれば取り下げるのか
- 二次利用の範囲:切り抜き、他媒体への転載、広告素材への転用を含むか
- 撤回の条件:本人が取り下げを求められる場合と、その連絡先
- 報酬の有無:業務として撮影したのか、別途の出演料があるのか
3つ目が抜けている書面が本当に多いです。撮影の当日は誰も辞めることを考えていないので、話題にすら出ません。当社が社員出演の案件に入るときは、この項目が書面にあるかを撮影前に必ず確認します。無い場合は、その案件だけ追加の一筆をもらってから撮影に入ります。撮ってからでは、本人の立場が変わっているので頼みにくくなります。
社外のキャストに出てもらう場合は、書面の扱いがもう一段厳しくなります。個人で受けている出演者との取引には、報酬額や業務内容の明示が義務づけられています(公正取引委員会「フリーランス法」)。社員だから口頭でよい、という整理はしないほうが安全です。
本人から取り下げを求められたときの手順
詳しい条件・補足を読む
申し出は1週間以内に回答する。順番は3手
1日目
対象をURL単位で洗い出す
切り抜き・再投稿も同じ素材として数える
2〜3日目
撮影時の同意の内容を確認
媒体・期間・退職後の扱いが書面にあるか
1週間以内
残す・差し替える・取り下げるを回答
検討中のまま放置しない
損害賠償の話が出たら社内で結論を出さず弁護士に確認する
取り下げの申し出を受けてからの動き方
申し出が来たときにやることは決まっています。慌てて全部消すのも、無視するのも、どちらも状況を悪くします。
1日目:受け取って、対象を特定する。 どの投稿のことなのかを、URL単位で一覧にします。シリーズものは切り抜きや再投稿が枝分かれしているので、同じ素材が何本に載っているかを先に数えます。ここで漏らすと、後から「まだ残っている」と再度の申し出を受けます。
2〜3日目:撮影時の同意の内容を確認する。 書面があるならその範囲、無いなら当時のやりとりの記録を探します。顔が判別できる映像は個人情報にあたり、本人には保有個人データの利用停止等を請求できる仕組みが法律上あります(個人情報保護委員会「個人情報の保護に関する法律についてのガイドライン(通則編)」)。請求が認められる要件は決まっているので、該当するかどうかは条文と自社の取扱いを突き合わせて判断します。
1週間以内:回答する。 残す・差し替える・取り下げるのどれかと、その時期を伝えます。「検討中」のまま放置するのが一番こじれます。判断に迷う内容や、損害賠償の話が出ている場合は、社内で結論を出さずに弁護士に確認してください。この記事は一般的な進め方の整理であって、個別の案件の法的判断ではありません。
消さずに済ませる打ち手は、編集と設計にある
取り下げは最後の手段です。伸びている投稿を消すと、そこに紐づいた再生数もコメントも消えます。当社の制作現場では、次の順で手を打ちます。
先に差し替えを検討します。 その人が写っているのが全体の一部なら、該当カットだけを別のカットに置き換えて再編集し、同じ投稿を差し替える形が取れます。SNSは投稿を編集で差し替えられないプラットフォームが多いので、実際には「元の投稿を取り下げて、差し替え版を新規投稿する」形になります。数字はリセットされますが、シリーズ自体は残ります。
モザイクや音声処理での対応は勧めません。 顔を隠しても声や体格で分かることが多く、何より視聴者から見て不自然です。ドラマとして成立しなくなるくらいなら、撮り直したほうが結果的に安く済みます。
撮り直しの判断は、残りの話数で決めます。 シリーズがまだ続く予定なら、その人の役を別の人に交代させる回を1本挟むほうが、視聴者にも説明がつきます。連続ものの話数と離脱の設計はショートドラマのシリーズ設計にまとめています。
なお、公開を止める判断をしたときに実際に投稿を消せるかは、アカウントの権限を誰が持っているかで決まります。運用を外部に任せている場合、管理者権限が制作会社側にしかなくて、その日のうちに消せないことがあります。権限の持ち方はSNSアカウントの権限管理を先に確認してください。
退職が起きる前提で、出演の設計を決めておく
人は辞めます。辞めることを前提にアカウントを組んでおけば、この記事の話はそもそも起きません。
- 1人に依存しない配役にする。 特定の社員が全話に出る設計は、その人が抜けた瞬間にシリーズが止まります
- 社員が出るのは「顔出しの必要がある回」だけにする。 商品説明や社内紹介のように顔が必須でない回は、手元だけ・後ろ姿・ナレーションで組めます
- 長く残す前提の動画には、社員ではなく俳優かAIキャストを使う。 採用ページや会社紹介のように数年単位で使う動画ほど、この分岐が効きます。判断の基準はショートドラマの出演者の選び方にあります
- 撮った素材の使い回しは、同意の範囲で止める。 転用の可否は制作した動画の使い回しにまとめています
よくある質問
Q. 退職した社員から削除を求められたら、必ず消さないといけませんか?
必ずではありません。撮影時の同意の範囲内で、その範囲を超えた使い方をしていなければ、公開を続けられる場合があります。ただし書面が無い、または退職後の扱いを決めていない場合は、応じる方向で検討したほうが実務上は安全です。
Q. 在職中に「退職後も使ってよい」と書面をもらっていれば大丈夫ですか?
その書面があるかどうかで状況は大きく変わります。ただし期間や媒体の範囲が空欄のままだと、後から範囲を巡って争いになります。期間・媒体・二次利用の3つを具体的に書いておいてください。
Q. 退職者が写っている動画を、広告に転用してもよいですか?
撮影時の同意に「広告配信」が含まれていない場合は避けてください。オーガニック投稿として出すことと、費用を払って配信することは別の使い方として扱われます。
Q. 社員が出た動画は、退職のたびに作り直すことになりませんか?
全部を作り直す必要はありません。伸びている投稿を残し、新しい回から配役を変える形が現実的です。作り直しの範囲は、その人がシリーズの何話に出ているかで決まります。
Q. 出演した社員が退職後にSNSで会社の批判をしています。動画は消すべきですか?
その状況では、投稿を残すことで視聴者の関心が別の方向に向くことがあります。法的な義務とは別に、運用上の判断として取り下げや差し替えを検討する場面です。
まとめ
社員に出てもらう動画は、撮った日ではなく、その人が辞めた日に本当の設計が問われます。決めておくことは4つです。
- 撮影前に、媒体・期間・退職後の扱いを書面にする
- 申し出が来たら、対象をURL単位で洗い出してから回答する
- 取り下げの前に、差し替えと撮り直しを検討する
- 長く使う動画は、最初から社員以外で撮る
この4つを先に決めておけば、退職の連絡が来た日にやることは、一覧を出して1週間以内に回答するだけになります。
当社は年間再生回数1億5,000万回を超えるアカウントの運用の中で、社員出演の案件も含めて企画から撮影・編集までを自社で回しています。出演の設計や権利の取り決めから相談したい場合はお問い合わせください。サービスの内容はショートドラマ制作、実際に制作した作品は制作実績にまとめています。
参考リンク
- 個人情報保護委員会「個人情報の保護に関する法律についてのガイドライン(通則編)」(2026年9月9日参照)
- 公正取引委員会「フリーランス法」(2026年9月9日参照)
- e-Gov法令検索「個人情報の保護に関する法律」(2026年9月9日参照)